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第55話 校門の外から来る人間は、教室の空気を知らないまま壊しにくる

last update publish date: 2026-09-29 14:43:42

 月曜の午後、学校という場所は、一度落ち着いた顔をしてからまたざわつく。

 昼休みが終わり、授業が二つ三つ流れて、放課後が近づいてくる頃。

 眠気と倦怠感と、帰り支度への薄い期待が混ざって、空気そのものが少しだけ緩む時間だ。

 その緩みの中で、久瀬湊人は逆に少しずつ神経を尖らせていた。

 理由は簡単だ。

 こういう、“学校が学校らしい無防備さになる時間”に限って、向こう側は平然と近づいてくるからだ。

 先週の金曜は、校門の外で相馬と会った。

 土曜は家側の用件で削られ、月曜はその疲れを教室へ持ち込んだ。

 そして今週も、まだどこかで“確認”が続いている気配がある。

 通知は来ていない。

 でも、それが逆に嫌だった。

 家側が本当に厄介なのは、必要な時にだけ
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     月曜の午後、学校という場所は、一度落ち着いた顔をしてからまたざわつく。 昼休みが終わり、授業が二つ三つ流れて、放課後が近づいてくる頃。 眠気と倦怠感と、帰り支度への薄い期待が混ざって、空気そのものが少しだけ緩む時間だ。 その緩みの中で、久瀬湊人は逆に少しずつ神経を尖らせていた。 理由は簡単だ。 こういう、“学校が学校らしい無防備さになる時間”に限って、向こう側は平然と近づいてくるからだ。 先週の金曜は、校門の外で相馬と会った。 土曜は家側の用件で削られ、月曜はその疲れを教室へ持ち込んだ。 そして今週も、まだどこかで“確認”が続いている気配がある。 通知は来ていない。 でも、それが逆に嫌だった。 家側が本当に厄介なのは、必要な時にだけ静かに現れるところだ。 こちらの予定表へわざわざ大きく割り込むのではなく、ちょうど逃げにくい場所を選んでくる。 学校の近く。 帰り道。 放課後の数分。 教室の空気の外側ぎりぎり。 そこを知っているみたいに、毎回少しだけ踏み込んでくる。「……来るなよ」 誰に向けたともなく、心の中でそう呟く。 だが、そういう日に限って、嫌な予感は当たる。     ◇ その日の窓際は、久しぶりに少し軽かった。 文化祭も打ち上げも一段落し、重たい話題の山をひとまず越えたからだろう。 完全に以前のままというわけではないが、少なくとも、会話がいちいち引っかからずに流れる瞬間が増えていた。「でさ」 鳴海すばるが言う。「打ち上げの写真、級長がアルバム作るって」「仕事早い」

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     倉科紬希は、昔から「誰かを助けたい」と思うこと自体は、そこまで珍しいことではなかった。 クラスでプリントを落とした子がいたら拾うし、 先生が荷物を持っていたら扉を押さえるし、 図書室で困っている一年生がいたら棚まで案内する。 それは別に、特別やさしいからではない。 見えてしまったものを、そのままにはしづらいだけだ。 自分が少し動けば済むことなら、その方が自然だと思っている。 でも、最近の“助けたい”は少しだけ種類が違う。 見えてしまったから動く、ではない。 その人がしんどそうだと、自分の方まで少し苦しくなる。 だから何かしたくなる。 その違いに、紬希はもうかなり気づいていた。 そして、その違いが一番はっきり出る相手が、久瀬湊人だった。     ◇ 月曜の昼休み。 窓際の一角で、紬希は自分の手の中にある小さなペットボトルを見つめていた。 冷たいスポーツドリンク。 購買の横の自販機で、ほとんど迷わず買ったものだ。 本当は、自分用でもなんでもない。 最初から、あの人に渡すつもりで買った。 朝から顔色が少し違っていた。 文化祭のあとや、打ち上げを逃した直後とも少し違う、もっと深いところの疲れ。 授業は受けている。 受けているのに、反応の奥行きが薄い。 言葉を返すたび、ほんの半拍遅れる。 そして何より、無理に“普通に見える顔”を作ろうとして、かえって削れて見える。 ああいう顔を見ると、だめだ。 放っておけない。 けれど、だからといって何でもいいわけではない。 大げさに心配しても、この人は困る。 「休んだ方がいい」と言っても、たぶん苦笑して終わる。 じゃあ、何なら受け取ってもらえるだろうと考えた時、一番静

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第53話 お嬢様は、傷んだまま笑う人間を見てしまう

    御門朱莉は、人が無理をしている時の笑い方があまり好きではない。 正確には、嫌いというより見ていて落ち着かない。 本当に余裕がある時の笑いは、もっと軽い。 言葉の端が自然にほどけて、こちらまで力を抜かせる。 でも、無理をしている時の笑いは違う。 形だけは笑っていても、どこか一段奥の疲れが消えない。 しかも、そういう笑いをする人間ほど、自分ではうまく隠せているつもりだったりするから厄介だ。 だから月曜の昼過ぎ、校舎の渡り廊下から二年三組の窓際を見た瞬間、朱莉は小さく眉を動かした。「……ひどいわね」 久瀬湊人が、笑っていたからだ。 いや、笑っているというより、周囲へ合わせて少しだけ口元を緩めている。 すばるが何か言い、日野が笑い、真白が刺し、紬希が控えめにやわらげる。いつもの窓際の流れ。その中へ、久瀬もちゃんと混ざろうとしている。 でも、削れている。 文化祭のあとや、打ち上げ不参加の翌日ともまた違う。 土曜の家側の用件でごっそり何かを持っていかれたあと、それでも学校へ来て、いつもの位置へ座って、いつもの空気へ合わせようとしている人間の顔だ。 それが、朱莉には妙に気に障った。 なぜそこまでして来るのか。 家側の事情も、学校の外の面倒も、どう見ても軽くないのに。 少し休むとか、距離を置くとか、もっと合理的な選択肢はあるはずだ。 それでも来る。 しかも、ただ来るだけでなく、あの窓際の空気へ混ざろうとする。 その理由が、朱莉には少しずつ見え始めていた。     ◇ 放課後、生徒会室へ向かう途中で、朱莉はちょうどよく久瀬を見つけた。 廊下の端。 人気の少ない窓際。

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    月曜の朝、久瀬湊人は目覚ましが鳴るより少し早く目を覚ました。 睡眠時間が足りなかったわけではない。 けれど、ちゃんと眠れた感じもしない。 土曜の午後、家側の用件。 そこで使う名前と立ち方と声。 日曜の夜にはAstraLink側の確認と、遅れてきた調整連絡。 そのどちらにも“いつもの顔”で応じたあと、部屋に一人で戻ると、今度は窓際のグループメッセージが目に入る。 金曜の打ち上げの写真。 日野の笑っている顔。 すばるの妙に楽しそうなピース。 真白の、笑っていないようで少しだけ笑っている横顔。 紬希の、やわらかく目を細めた表情。 そこに自分はいない。 それだけで、思っていたより深く削られた。「……行きたかったな」 朝の静かな部屋で漏れた独り言は、思っていたより素直だった。 来られなかったことを後悔している。 しかもかなり本気で。 少し前の自分なら、ここまでにはならなかった。 学校の外にある事情の方が重いと、もっと上手く割り切れたはずだ。 でも今は違う。 学校へ行きたい。 あの窓際へ普通に座りたい。 その気持ちが、土曜の“向こう側の顔”をやったあとほど、逆にはっきりしてしまう。 問題は、そのしわ寄せが顔に出ることだった。 鏡を見る。 顔色はそこまで悪くない。 でも、目の奥の疲れは隠しきれていない。 輪郭が少しだけ硬い。 それを整えようとして、逆に少しだけ力が入る。「……だめだな」 ごまかそうとするほど変になる。 それは最近、あの窓際の人たちに何度も指摘されてきたことだった。     ◇

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第51話 いない日に届く短い言葉は、来なかった事実より少しだけ痛い

    打ち上げの翌朝、教室の空気は少しだけ不思議だった。 文化祭という大きな山を越え、 その打ち上げという“ちゃんと終わった感”まで一応は済ませて、 普通なら今日は、もっとすっきりしていていいはずだった。 実際、クラス全体で見ればそんな感じではある。 少し眠そうで、少しだるそうで、でもどこか満足げ。 昨日の写真を見せ合う声。 誰が食べすぎたとか、誰が最後までうるさかったとか、そういう軽い笑い。 けれど窓際の一角だけは、そこにもう一枚薄い感情の膜がかかっていた。 理由はたぶん、昨夜の短いメッセージだ。 『行けず、すみませんでした。本当に残念でした』 たったそれだけ。 でも、その短さが妙に残る。 来なかった。 その事実はもうどうしようもない。 なのに、来なかったことそのものより、そのあとで届いた短い言葉の方が、みんなの胸に少し深く刺さっていた。     ◇ 鳴海すばるは、自分が昨夜あのメッセージを三回は読み返したことを、誰にも言うつもりはなかった。 一回目は、普通に読む。 二回目は、“本当に残念でした”のところで止まる。 三回目は、その文の順番が嫌に久瀬っぽいと思ってしまって、そこでまた少しだけ胸がざわつく。 来たくなかったんじゃない。 言い訳したいんでもない。 まず事実を置いて、謝って、そのあとに本音が来る。 しかもその本音が、“行きたかったです”ではなく“残念でした”なのが、余計に重い。 自分の感情を相手に押しつけすぎない言い方だ。 でも、十分に本音だともわかる。「……そういうとこなんだよなあ」 朝、自席に座ってスマホの画面を見ながら、すばるは小さく

  • 『学校では地味、配信では人気VTuber、さらに隠し事まである僕の青春ラブコメは最初から難易度が高すぎる』   第50話 打ち上げの席にいない人のことを、みんな少しずつ考えてしまう

    文化祭の打ち上げだというのに、最初の乾杯の前から少しだけ欠けている感じがした。 それが誰なのかは、そこにいる四人とも、ちゃんと分かっていた。     ◇ 店は駅前の、よくある学生向けの居酒屋だった。 明るすぎない照明。 木目調のテーブル。 少し狭めの通路。 制服のまま集まった高校生たちの声で、入口のあたりからすでにわちゃわちゃしている。 文化祭が終わった週の金曜夕方。 どのクラスも似たようなものなのだろう。 同じ学校らしい顔が何組もいて、店員が慣れた様子で席へ案内していく。「うわ、思ったよりちゃんと打ち上げっぽい」 鳴海すばるがそう言った時には、もう半分くらいテンションが上がっていた。 こういう場の空気を吸うだけで少し浮かれるタイプだ。「打ち上げっぽいって何」 柊坂真白が呆れたように言う。「打ち上げなんだから打ち上げっぽいでしょ」「いや、なんかもっとファミレスっぽいの想像してた」「それはアンタが安さ重視すぎるだけ」 真白が即座に刺す。「え、でも学生の味方じゃん」「うるさい」 そのやりとりを、日野が笑いながら聞いている。 倉科紬希は席へ座って、配られたメニューを開きながら小さく息をついた。 落ち着かないわけではない。 でも、落ち着いているとも言えない。 四人で同じテーブル。 周囲にはクラスの他の面々。 文化祭が終わったあとの、ちょっとした非日常。 本来なら、もう少し素直に楽しいだけでよかったはずだ。 でも今日は、そこへ一つだけ目に見えない空席がある。「……来ないんだね」 思わず、かなり小さく漏れた。 たぶん誰にも聞こえないつもりだった。「ん?」 しかし、すばるの耳はそういう時だけ妙

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